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2010/08/21 ふるさとも暑かった。 [雑感]

高校をでるまで北九州で育った私が大変にお世話になった叔母さんが亡くなって、告別式のために北九州市きています。 今朝は日が昇る前に家を出たので関東がどのくらいの暑さだったのか分かりませんが、福岡空港に着いたときに尋常な暑さでないと感じました。

暑さの他にも驚いたことがあります。 昔羽田空港に通ったときに横浜線の東神奈川で降りて、京急仲木戸駅に乗り継いでいました。  東神奈川駅の階段を下りると、線路の下を通って海側に抜ける車道があって、そこを通る車の波を避けながら京急の駅に行くのに結構時間が掛かっていたと思っていました。 それに、改札口から階段を上がってホームにたどり着いたのに、今ではJRの駅の改札口出てコンコースをたどると京急のホーム階の改札口にたどり着きます。 本当に近く感じました。


羽田に6年間も通いましたから、その頃からそうなっていれば随分便利だったのにと、残念に思いました。


福岡空港についてまたびっくりです。 この頃は北九州に行くのに北九州空港を使っていて福岡空港に降り立っていないので、何時の頃からそうなっているのか分かりませんが、今日気がつきました。 今までのターミナルとは滑走路を挟んだところに国際線のターミナルができているのですね。


タイ航空や大韓航空、それに知らないマークの航空機もあって、随分と国際化された空港になってものだと感心しました。 離発着も頻繁そうです。 元気な博多の街を感じました。


博多駅から小倉駅までのぞみで16分。 それくらいしか離れていないのに、博多に比べると北九州は、古い家屋が結構残っていて取り残された感じがあります。 一応街並みは随分変わってはいると思うのですが、どこか活気を感じないのです。



告別式も終わり、火葬場に行ったのは2時過ぎ頃だったでしょうか。 光が強くて暑さも35度くらいあるのではと感じました。 車と建物の間、ほんの一寸の距離ですがそう思ったのです。 引き続いて初七日を行い、夕方になりましたが、まだむっとしていて、親類のところの仏壇にもお参りしたあと、小倉駅からホテルまで歩いたのですが、21時近くなっても湿気がきつくて汗がぽたぽたと流れました。


高校まで育ったふるさとがこんなに暑かったという思いがありません。 いや、きっとそんなことはなかったのでしょう。 40年経つうちに日本全体が暑くなったのでしょう。 この暑さが経済の熱気であれば良いのにと思うのは、無い物ねだりでしょうか

2010-08-21 落日のアメリカとそれを追う日本 [雑感]

7月下旬から、土日もなく行っていた決算書作成の応援も一段落ついて、ほっとしています。

まるで、受験生のような生活ぶりでした。 その間に今年の本試験も終わってしまいましたね。 忙しすぎて、問題も見ていないのですが、受験した方のできはどうだったでしょうかね。 


今は試験会場にもクーラーが入っていて汗に苦労することはありませんが(冷や汗は別ですけれど)、昔は額から落ちる汗で解答用紙がぬれると大変なことになりました。今年のような暑さだと本当に大変だったと思います。


今日の日経新聞に「雇用創出 アメリカの苦闘」と題する記事が載っていました。 リーマン・ショック以後850万人の雇用が失われていて、景気対策にもかかわらず回復したのは1割程度ということです。


経済の主体が情報産業や金融業に移ってしまったアメリカでは、日本以上に経済の空洞化が進んでいるのかもしれません。 コンピューターのデル社のパソコンを購入すると昔はアメリカ本土から送られてきたと思うのですが、今は中国からですね。 全部がそうなのかどうかは分かりませんが、いずれにせよアメリカ国内の雇用吸収力はそんなに大きくはないのでしょう。


また、記事の中で「年俸5万9千ドルの人を雇うと医療保険や社会保障税など1万5千ドルのコストが発生するので人は雇わない」という音響メーカーの経営者の話が伝えられていました。


日本でも給与以外の雇用費用の負担が増えていくことが目に見えているので、同じような環境にあるとおもいます。 雇用創出はそんなに生やさしいものではなさそうです。 政府は介護や医療の分野で雇用創出をと考えているようですが、一定の効果はあっても結局は税金を使って事業をやるだけなので、価値創造の効果がなく、いずれ財政で破綻することになるでしょう。


円高も進めば、国内に仕事はなくなってしまうでしょう。 若者は海外に出て行って職を求めるしかないのではと思えるのです。 覚悟を決めるしかないですね。

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